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「四国のツキノワグマ、保全」で思い出す石鎚山系の山の中で暮らしていた大叔母。

朝日新聞の電子版に、
《四国のツキノワグマ、保全へ本腰 九州は絶滅…苦い歴史》
加戸靖史2018年2月27日13時12分
https://www.asahi.com/articles/ASL2241LPL22PTIL00H.html?iref=comtop_8_02

との記事が掲載されていました。

記事には
《【動画】徳島県の剣山周辺で、木に仕掛けられた
ハチミツに興味を示すクマ。もう1頭が後方にいる
=日本クマネットワーク提供》と動画・写真も
掲載されています。

現在、十数頭とも言われている
四国のツキノワグマを50年後には
100頭にしたいと
研究者と自然保護NPOが
保全活動を始めたとの内容です。

この記事に興味を引かれたのは、
四国の山中に一時住んでいた
大叔母夫妻からクマの話を
聞いたことがあるからです。





記事では四国の中でも現在、
生息が確認されているのは、
徳島県の剣山(つるぎさん)周辺とのこと。

かつては高知県西部の四万十川流域にも
クマが生息していたとされていますが、
1985年を最後に生息の記録はないそうです。

大叔母が夫妻で暮らしていたのは、
そのどちらでもない、
愛媛県の石鎚山系の山の中。

四国には、住友金属鉱山の
別子銅山がありますが、
大叔母夫妻は、戦前の一時期、
その関係の仕事をしていたようです。

昔からそこに住んでいる人達、
そして銅山関係の仕事をしている人たちの
集落があり、そこに住んでいたとのこと。
(正確な場所は不明)

新婚間もない頃で、不便な場所ではあったものの、
そこにいた人達はみな親切で、給料も良かったので、
2人の生涯の中でもとても良い時期だったようです。

そのため、山での生活の思い出を、
結構な頻度で聞いたものです。

その一つが動物との遭遇。

秋に、キノコ、木の実などを拾いに、
集落から離れ、山中を歩いていた時、
タヌキ、シカ、カモシカ、そしてクマなどを
よく見たのだそう。

もっともタヌキやシカが一番多く、
クマを見たのはほとんどなかったようですが。

ちなみにキツネは昔からの言い伝え(悪さをする
キツネに怒り弘法大師が四国から出した)通り、
見たことはなかったそう。

それはともかく動物は、周囲に敏感で
人を恐れるので、こちらに先に気づき、
気づいたら、すぐに姿を消してしまうので、
危険な目に遭ったことはなかったようです。

その後、大叔母夫妻は山を下り、大阪で暮らし、
子ども2人を産み育てました。

晩年は娘夫婦が住む横浜に2人して移り、
最期を迎えました。

大阪時代、よく話していたのは、
2人で暮らした山をもう一度訪れてみたい
ということでした。

若くて元気で良い思い出しかない場所。

自分もそこに一緒に行きたいと思ったのですが、
時は無情に過ぎ、その機会は永遠に失われました。

思い立った時に行動しないと、
次は決して来ないのかもしれません。





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