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史上最年長41歳、銀メダリスト葛西紀明選手から、学んだこと。

ソチ五輪、ジャンプノーマルヒルでは、
惜しくも4位だった葛西紀明選手。

ラージヒルで見事、銀メダルを獲得しました。

41歳254日で、日本の冬季五輪で史上最年長、
またジャンプの世界でも最年長のメダリストなんだそうです。

すでに選手の間では、敬意を込めて、
「レジェンド」と呼ばれている葛西選手、
7度目して、ついにオリンピックの個人メダルを
手にしたのですね。

葛西選手から学んだことは数多くあります。

あの団体で金メダルをとった長野五輪。
葛西選手も代表に選ばれていました。

しかし直前の大会で、けがをし、
結局、補欠に回ってしまい、
メダルを逃してしまったのですね。

今でも競技、練習を続ける白馬村の
ジャンプ台には、その時の写真が飾られているそう。

その写真をこれまで何千回と見続けた葛西選手。
この悔しさを晴らすためには、オリンピックではらすしかない
とこれまで競技を続けてきたといいます。

この悔しさを持続し、それを前向きな力に変える
というのは、できるようでなかなかできないですね。

2点目。

銀メダルをとった後のインタビュー。

葛西選手は、銀メダルをとった喜びより、
金メダルでなかった悔しさが上回っていると。

そして、
「金メダルを取ってレジェンドと呼ばれたいと思ったが、
目標がまたできた」として、さらに4年後の平昌オリンピックを
目指すと述べたのです。

自分の目標はあくまでも個人の金メダル。

それを達成できなかったので、
いくら銀メダルでも、さらに今後を目指す。

年齢、体力を考えると、
なかなかこちらも口にすることはできない言葉ですよね。

いい意味であきらめの悪い葛西選手だからこその発言。
そうだからこそ、ここまでこれたのでしょうね。

長野五輪の悔しさの7割は晴らせたという葛西さん。
さらに団体で残りを腫らしたいと語っていました。

血を吐くような練習を続けたこともある葛西選手の
精神力はどこから来ているのでしょう?

長野五輪の前には、実家を放火され、
その時のやけどがもとでお母さんが亡くなられています。

5歳下の妹さんは、再生不良性貧血という難病で闘病中。

あるとき葛西選手は
「母や妹のつらさに比べたら、自分の苦しみなんか小さい」
と語っていました。

自身も小さい時は体が弱く、
お母さんに手をかけていたという葛西さん。

それだけに、お母さんや妹さん、
さらに応援してくれる皆さんにメダルをという
気持ちが強かったのでしょう。

たださらに葛西選手は、こうも語っています。

「飛んでいることが楽しく、勝つことが快感だから」、
ジャンプを続けてきたと。

人のためではなく、
最終的にはやはり自分のために跳ぶ。

それが彼の原動力なんでしょうね。

団体そしてワールドカップ、次の五輪と
伝説を続けていくのを、見守りたいですね。

葛西紀明さんの公式ブログ「神風ジャンパーの挑戦」
http://ameblo.jp/nori66nori/



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